月夜見 
“来年の話をすると鬼が笑う”

      *TVスペシャル、グランド・ジパング ルフィ親分シリーズより
  


 節分というと二月の立春の前日のそれのことと思われがちだが、実は他にもある。立夏、立秋、立冬の前日も実は“節分”なのだけれど、土用の丑の日が夏場のそれしか注目されないのと同んなじで、1年のうちの一番最初の季節と季節の境目のを特に注目しているだけのこと。昔の暦ではこの日が大みそかであり、邪気を払う“大祓
(おおはらえ)”の日。平安時代の宮中にては、鬼に見立てた舎人(とねり)を追う振りをして、20人の童子が桃の弓で葦の矢を放ち、1年分の邪気を追い払う“追儺(ついな)”という儀式が行われたそうで。それが室町、江戸と時代が下がるうち、骨が細かいイワシやトゲトゲのあるヒイラギの葉を門前へ掲げ、豆を撒いて鬼を退治するという風習になって民間まで降りて来たわけで。…でも、平安時代と江戸時代って、どっちも太陰暦だよねぇ。餅つきとか年越蕎麦とか、大みそかの風習は別にあるよねぇ? どうズレてどう合体した結果、年末の行事と別っこ扱いになったんだろか。む〜ん?

 まま、それはさておいて。
(たはは…) 豆まきと言えば“鬼は外、福は内”と唱えながら炒り豆を撒く。場所によっては、ウチは鬼なんて居着かない“聖地”なのだから“福は内”としか言わないとか、なんのウチは鬼だって迎える寛大さなのよとばかり“福は内、鬼も内”と連呼するところもあるそうで。それからそれから、その年の縁起のいい方角“恵方”に向かって、のり巻きを切らぬまま丸かぶりするという風習は、関西から広まって、今や全国的に知られるそれとなってしまっておりますねぇvv 発祥といいますか、注目され出したのは最近のことで、海苔の問屋が広めたのだ…とする説がほぼ正解ではございますが、一応は“この行事を広めよう”と下敷きにした先例あってのことだそうで。中京地方だったかに、海苔で七つの福を巻き込み、それを食らってしまうという風習が昔からあったのが礎になっていると、どこかで聞いたのですけれど…。


 「鬼は〜外っ。福は〜内っ!」
 「鬼は出てゆけっ。」
 「わあ、勘弁。」


 邪気の象徴にあたる鬼の役を決め、それへと向けて“そらそら出てけ”と豆を撒く、子供ら向けのちょっとした“仕立て(企画)”を楽しむ長屋もあるようで、
「鬼は〜外っ!」
「あだだだ、こらこら力いっぱいぶつける奴があるかっ。」
 鬼を請け負った一人が手加減を知らない子供の撒きようへ抗議する傍らでは、
「ほらほら、鬼はこっちだぞ〜〜〜vv」
「そ〜れ、鬼は外〜vv」
 妙に和気あいあいと楽しんでいる顔触れもあり。とはいえ、こちらもこちらで、
「…おいおい親分、豆を全部受け止めてどうしますか。」
 それも、両手で左右にえいやっと、ゴムゴムの効果で伸びるだけ伸ばして広げたお口でとあっては。とてもじゃあないが、豆で退治されているようには到底見えなくて。それじゃあ厄払いにならないのではと意見する、ご近所のおばさんへ、
「あらだって。お豆だって食べるものでしょう?」
「そうだそうだ。地べたに放るのは勿体ないぞっ。」
 そうやって説得されたらしいおリカちゃんが、きゃっきゃとはしゃいで放る豆を、やっぱりナイスキャッチで余さず受け止めてしまう、麦ワラ帽子を首から提げた困った鬼さんは、皆様もうお気づきですねの、岡っ引きのルフィ親分その人であり。姿が見える人間の悪い奴らをお縄にするのがお仕事な彼が、今宵は特別、災厄の権化とされている鬼になってのご奉仕中。憎っくき犯罪がとうとう根絶やしになった訳ではないが、こういう行事に手や顔を貸すのもまたお務めの一部とあって…って。理屈は分かるものの、暮れの餅つき隊といい、岡っ引きの任務にしては平和なお務めがあったもんである。一通りの厄払いが済めば、
「さあさ、お夜食ですよ。」
 居職の旦那と西の方から最近引っ越して来たという、お若い女将さんが大きなお盆に盛って来たのが、凍り豆腐に卵焼きに三つ葉、煮染めた金時ニンジンや、シイタケにカンピョウといった具がいっぱいの太巻き寿司。
「すげぇ〜〜〜。」
 こんな夜中にこんなの作ったなんて。おばさん、料理が得意なのかと。屈託のない訊き方をした親分へ、
「いえね、ウチの人といた西の国じゃあ、節分にはこういうのり巻きを恵方に向いて丸ごと食べるって習わしがあるんですよ。」
 恵方? その年その年の縁起のいい方角のことで、今年は南々東です。
「酢飯も含めて7つの具を海苔で巻き取り、それを食い尽くして福を体へ入れよじゃないかってことだそうですよ?」
 職人さんには神様への信心深い人が多いというが、こちらの奥さんもそれに習っているものか、詳しいことまで さらりと口にし、
「鬼の金棒に見立ててあるってお話もあっての、それで。切らずに黙々と食べなきゃいけない。途中で声を出すのもご法度なんですよ?」
 ひゃあ、そりゃあ凄いな。でも、これって結構大きいぞ? わいわいと賑やかに騒いでおれば、

  ―― どこかの辻から鋭く鳴り響くは、呼び子の笛の音。

 おおと顔を上げたは、捕り方の親分と下っ引きのお二人さん。こんな晩でも怪しい誰ぞが徘徊しているものなのか、
「鬼なら豆を持ってかなきゃ、親分。」
「ふぉうはっ。」
 どうやら“おうさっ”と言いたいらしい、巻き寿司を咥わえたまんまな親分の、細っこい背中をほれほれと押しながら。そんじゃあ俺らはこれでと、笛の音がした方へと駆け出すウソップであり。

 「なあ、ウソップ。」
 「この方向って、さっきの若いおばちゃんが言ってた“恵方”じゃねぇのか?」
 「え? そうですかい?」

 こんな町中で突然方角がどうのと言われても。もうとっぷりと日も落ちているし、ここがどこなのかも…笛の音を頼りに駆け出したので曖昧だし。
「間違いねぇさ。俺りゃあ、こっち向いてなきゃって意識してたからな。」
 いいことがあるんなら、乗らない手はねぇと。そんな言いようをした親分だったもんだから。彼もまた縁起を大事にする性分なのかと思ったら。
“あんまり信心深いお人じゃあなかったはずだのになぁ。”
 神頼みはしないというか、縁起がいいっていうあれこれを、いちいち覚えてらんないというか。そういうお人が何を言い出すかなぁと。怪訝そうな顔になったウソップだったものの、どんどん近くなる呼び子の笛の音と、御用御用と口々に、牽制の声を放っているらしき捕り方の気配も少しずつ濃くなっており。追われた何物かが恵方とやらからこっちへ向かっているのは間違いないようで。
「ふはっvv 凄げぇな、さっそく運がいい。」
 いやっほぅとはしゃいだ親分だったが、こんな時間帯のここいらは、例えば花街のように煌々と明かりを灯しての明々としているなんてことはなく。月の明かりくらいしか頼りになるものはない中に、不意に飛び出して来た気配があって。
「うわっ!」
「な、何だなんだっ!」
 出合い頭にぶつかりかけたウソップが素っ頓狂な声を上げ、その声へとギョッとした親分が、駆けていた足を踏み止どめれば。顔を手ぬぐいのほっかむりで隠した、見るからに怪しい人物が、そちらも多少は驚いたのか、あわわと面食らっての立ち止まっている。
「何だ、お前っ!」
 捕り方に追われてんのはお前かと訊かれて、はいそうですと素直に認める者はない。案の定、ううと唸って口ごもる相手の様子に。目明かし二人も腰に差してた十手を引き抜くと、それを正眼に据えての、それぞれに勇ましく身構えたところが、

 「ちょ、ちょっと待って下さいな。」

 相手が前へと突き出した両手を振りながら、慌てたような声を出して来て。何だと眉を寄せつつ睨み返せば、
「私は豆まきの鬼をやってただけなんですよ。」
「…はあ?」
「ですから。向こうの辻の大店で、お家のかたがた総出の豆まきをするのへの、鬼の役をと雇われまして。」
 そうと言いつつ、懐ろから出して見せたのが。木彫りとまではいかないが、張り子細工だろう鬼の面。
「鬼は外〜って追われて飛び出して来ただけで。何ですか? ここいらで捕り物沙汰があったんですか?」
 そりゃあ知らなかったな、凶悪犯だったら恐ろしい。早く捕まえて下さいな親分さんと、すらすら語り始めるおじさんであり、

 「え?え?え?」

 あんまりなめらかに言ってのけられ、えええ?と今度はウソップが思わずたじろぐ。確かに…泥棒だとか火付けに殺しにと、それがどんな悪行であれ、そういったことをば手掛ける者が。いくらそういう晩だとて、鬼の面なぞ持ち歩くだろか。顔を隠すなら手ぬぐいで十分で、こんな特長のあるものを使ったならば、こうやって追われる段になって、逆に証拠になってしまうばかりではないだろか。

 「え…と、じゃあ。人間違いって…ことか?」

 そうだったなら そりゃ済まないと。ついつい謝りかかったウソップだったが。そんな彼をも引っくるめての的にして、親分が大きく振りかぶっての投げ付けたものがあり、

 「鬼は、外っ!」
 「痛いっ。」
 「あだだっ!」

 こりゃたまらんと咄嗟に腕を上げ、顔や頭を庇ったウソップ。飛んで来たのは一度だけだったようで、そうと見極めると、
「何すんだっ、親分っ!」
 こんなときにふざけてどうしますかいと、痛かったことでも勢いを得ての、大声でどやしつければ。
「だよな。俺たちも鬼の役をやってたからよ。鬼は外って叫ばれたなら、反射的に身を守ろうとしちまうよな。」
 豆が目当てで大口開けてた人に言われても、説得力はありませんが。
(苦笑) そりゃあ冷静なお声でそんなことを言い出したルフィが見やった先では、

 「…え?」

 着物のあちこち、懐ろや襟足などなどへ、ぶざまなくらいに豆を引っかけのもぐらせのしたらしいおじさんが立っており。
「ついさっきまで追われてたんなら尚更だ。張り子の面なんて、かぶってたってすぐにも破けっちまうもんだろに、どっこも無事だしな。だったらやっぱ、豆が当たらねぇように避けてたって理屈になるはずが、鬼は外って声に反応しねぇなんて、おかしかねぇか? おっさんよ。」
「う…。」
 おおう、どうした親分さんっ。今宵はいきなり理詰めでくるかい? そんなこんなと言い立てた、麦ワラの親分のお言いようが大当たりだということか、進退窮まったように立ち尽くすおじさんの背後から、

 「あっ、いたぞっ!」
 「御用御用っ!」

 捕り方も殺到しての逃げ場を塞ぎ、これは勝負あったかという展開。退路を断たれた格好になって、ぐうと唸った男が選んだは。たった二人、それも見たところ刃物の得物は持っちゃあいなかろう、町人上がりの目明かしの側。

  「どけぇっ!」

 張り子の面を投げ捨てて、懐ろから匕首を引っ張り出した男の形相は、それまで何とか穏便に済まそうと思ってたらしい段階の穏やかさをかなぐり捨てた、目も吊り上がっての恐ろしい、いかにも怖い代物で。
「ひぇえぇぇっ!」
 こりゃおっかねぇと後ずさりするウソップの手前、わざわざ踏み出しての割って入った親分さん。まだどこか、子供のそれのような作りの手の中で。朱房の十手をくるりと回すと、だが、どうしたことか懐ろへと仕舞った彼であり。
「え?」
 何でまたと怪訝に感じたらしい悪党の後ろ。詰めかけていた捕り方たちが、何故だか“ひょえぇええっ”と震え上がっての後ずさり始めたのは、

  「…ゴムゴムの、」

 小柄でひょろりと細っこい、どっからみたって駆け出しの若い衆。そんな彼が何でまた、失敗も多いがそれでも、その名を広く知られた、腕利きの親分と言われているか。少し屈めたその身が斜めの蓮交いになり、ぐーんっと引かれた利き手の拳が…宵闇の向こうに霞んで見えなくなるほど遠ざかり、

  「え?え?え?」

 今度はこちらがぎょっとしている下手人の。その腹目がけて繰り出されたのが、

  「ピストルっっっ!!!」
  「どああぁぁああぁぁっっ!!」

 ドップラー効果に乗っかって、悲鳴をしぼませつつ、通りの果てまで飛んでった犯人を追い。寸前まではとばっちりを食わぬようにと身を伏せていた捕り方たちが、次々に起き上がっての、道を逆走してゆく様は圧巻で。

  「よっし、終了っ!」

 引き戻した腕を垂直に立て、握った拳も雄々しく、ふんっと。満足げな鼻息で場をしめる〆めた、麦ワラの親分ではあったれど。

 「〜〜〜。」
 「何だよ、ウソップ。妙な顔しやがって。」
 「だってよ。」

 何かおかしかないか? あんな…寸前まで鬼の役をやってたのなら“鬼は外”の声に咄嗟に顔を庇うはずだ、なんてな推理
(けんとく)を立てられるなんてよ。

 「あんた、ホントは親分じゃねぇなっ!」
 「馬鹿ヤロっ! じゃあ他の誰だってんだよっ!」

 コピー能力があった、オカマ道のボンクレーちゃんは、他のお話で逮捕されている。それに、たとえ彼だったとして、悪魔の実の能力までコピー出来たんだっけか?という疑問も残る。
「けどなあ…。確かにゴムゴムの技が出せはしたけど…う〜ん。」
 そこまで悩むか、失敬なと。/////// 賢い一面があったら即ルフィじゃあるまいと思ってしまう、なかなか困った図式に悩まされている仲間うちへ、仲間じゃなかったら殴ってるぞと唇とんがらせた親分だったが、

 “…そりゃあ、反射ってのは大事だよなぁ♪”

 寒気に満ちた夜陰の垂れ込める中。クシャミが出かかった鼻の頭を親指の先で、ちょいとこすった誰かさんが。二人の視野からは少しばかり離れたところ、通り沿いに軒を連ねるお店
(おたな)の二階屋のその屋根の上へと、そこらの土手でもあるかのように、そりゃあ難無く座っておいで。何を思い出したやら、妙にお顔を真っ赤にしている親分の様子へと、こちらの御仁がやたらに楽しそうに微笑っているのは、

 『…って、なになに。何すんだよ、ゾロっ。///////

 ほんのついさっきの今日の午後、たまたま出会った親分さんが、お鼻に何かくっつけていたのへ、どら取ってやろうとお顔を近づけたらば…やっぱり真っ赤になっての後ずさりをし、他愛なく焦って見せたのを思い出したから。
『何だよ、そんないきなり逃げ腰になんなよな。』
 なんだか俺って悪者みてぇじゃねぇかよと、憤慨の素振りでわざとらしくも目元を眇めると、
『だ、だだだだだってよ。/////////
 真っ赤なまんまであたふたと、言い訳を探してか焦るばかりの態がまた、何とも可愛いなと眺めておれば、
『いきなり顔近づけられたら、誰だって反射で避けるってもんだろーがっ。/////////
『別に捕って喰やしねぇって。』
 すかさず答えたこっちからの言いようへ、
『〜〜〜っ。/////////
 ますます赤くなったのは…さては、何かの拍子、大人の知識でも仕入れたものか。顔と顔が近づくとドキドキするとか、捕って食うなんてな言い回しに赤くなるとは、
“まだちーと、早くはないか?”
 ピンと来もしないお子様ネンネなのも困るが、こんな反応が出れば出たで、誰に仕込まれたやらと、心の隅っこで微かにむっかり来たお坊様。
『じゃあ、俺以外が相手でも、その反射とやらは発揮されるのか?』
 あんまり大きな声で言うことじゃなし。耳元へと口を寄せてのぼそりと、呟くように言ったところが、

  『〜〜〜〜〜〜。/////////

  『? 親分?』

 ゆで蛸みたいに真っ赤になったまま。目眩いでもしたものか、間近になってたこちらの雲水衣装の懐ろを、ぎゅうと握って来た純情さが………可愛かったったらなく。

 『そんなエロい声、してんじゃねぇよ。/////////

 半ばヤケクソみたいに言ったその割に、ドキドキが収まるまで動けなかった彼が。ぎゅうとこちらの衣紋を掴みしめて来ていた、その小さな手を思い出し。照れからの反射とやらで、あたふた逃げ出すことさえ封じた“エロ声”とやらの威力を、さて。

  ―― 喜ぶべきか、それとも…妙な警戒されたら困ると憂うべきか。

 自分の方こそ、稚
(いとけな)いあれこれで人の気持ちを鷲掴みにしたくせに。ああこら、そこの長っ鼻。肩や手へ気安く触ってんじゃねぇよ、乱暴にどやしつけんな、はっ倒すぞとばかり。こちらさんもまた落ち着けない身になっていること、気づているやらいないやら。どっちもどっちで可愛らしいお人たちですことと。びろうどのお空に浮かんだお月様、尖った横顔が小さく微笑ってござったそうなvv





  〜どさくさ・どっとはらい〜  08.2.04.


  *ホントは節分当日だった昨日のうちにUPしたかったのですが、
   書き始めたのが遅かったので、今日へとずれ込んでしまいました。
   何だか妙な近づきようをしているお二人で。
   そろそろどっちか、
   自覚してくんないもんですかねぇ。(いや、訊かれても?)

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